日記

キャベツと虫と世界のはざまで

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aoring_diary-アオリンゴ日記

出会い

昼の買い出しのため近所のスーパーに行ってきた。

いつもどおり、特売のコーナーを抜けると生鮮売り場が広がる。
この時間はまだ新鮮でお買い得の野菜たちがゴロゴロと売り場に並んでいる。

 

とくに買うつもりはなかったのだが、何気なくキャベツ売り場に目をやったときだった。山と積まれた一玉キャベツの群れのなかに、小さな違和感を見つけたのだった。

「なにか、いる」

近寄って見ると、ひとつのキャベツに虫がいた。
キャベツはそれぞれがラップで丁寧にくるまれている。
虫は、キャベツの外側に仰向けになってラップとの間にはさまれていた。

迷いと葛藤のなかで

体長1cmに届かない程度の黒い虫だった。
虫は、モゾモゾとラップとキャベツの狭間でもがいていた。

たまたまキャベツのラッピングをするところに紛れ込んでいたのだろうか。
彼(彼女)はどこからきたんだろう、自分がこのような目にあうことなど想像もしてなかっただろう。

虫はモゾモゾと何とかそこから脱出しようともがいていたが、みっしりとキャベツの丸い形状にそってはりめぐっているラップには、彼(彼女)が逃げ出せる隙間など微塵もなかった。

キャベツは一玉199円。
決して高くないが特別安売りというわけでもないそれを、わたしは5秒悩んだのちに持ち上げてみた。数日前にキャベツを一玉買い、焼きそばにしたりトマトと鶏肉と一緒に煮込んだりして、ようやく1/4まで減らしたところであった。

どうしよう。
またしばらくキャベツを消費する工夫を要されるのか…

料理が得意とはいえない私にとって、ひとつの食材をさまざまなメニューに応用することは決して楽なことではなかった。(クックパッドは手放せない)

しかし、今はそんなことを悩んでいる場合ではない。

善か?悪か?

もしかしたら、この虫を助けることは《世界を救う勇者が最大のピンチに陥っているところを間一髪救われる、という大きな物語のワンシーン》かもしれない。わたしがこの現場をスルーすることで、その物語がそこで終ってしまうかもしれない。
この《もがく虫》は、それが小さな虫の世界のことであったとしても、何か大きなことを成し遂げる存在なのかもしれない。その尊い使命をわたしの判断で反故にしてしまっていいのだろうか?

キャベツを持ち上げたまましばらく考え込む。
はたから見れば、おそらく「199円のキャベツを買うかどうか悩んでいるふつうの主婦」に見えていたことだろう。しかし、わたしの中では世界を救うのか否か、壮大な決断を迫られる、凄まじい葛藤がはたらいていた。

「いや、まてよ」
もしかすると…と、漫画モンスターが脳裏によぎった。
浦沢直樹の漫画「モンスター」では、医師テンマが必死に救った昏睡状態のこどもが、実は大きな闇を抱えており、成長した後に恐ろしいモンスターに育っていき、テンマは、自分が彼を救ってしまったことで多くの人が犠牲になっていくことに大きな後悔と責任を感じ、自らモンスターになった少年を探す、というシリアスな大人気コミックである。

(もしかしてこの虫も…)
いやなことが頭に浮かぶ。
もはやキャベツを手にしたまま動けない。

全てはわたしの判断にかかっていた。

未来はこの手の中に

冷蔵庫に残ったキャベツのこと、彼の生還を待ち望む者たちのこと、不確かな未来への不安、いろいろなことが頭の中をぐるぐるめぐる。一玉199円のキャベツ売り場の前で、立ち尽くしていた。どれくらいの時間がたっただろう。

悩んでいる時間はあるのか?
《虫》はまさに今もがき苦しんでいる。

そして、わたしはキャベツを持ったままレジにむかった。

「じぶんが虫の立場なら、きっと外にだしてほしいと願うに違いない」
よし!心がサァっと晴れ渡る気持ちを感じながら、ようやく一歩踏み出した。

周りから見れば、199円のキャベツをようやく買う決断をしただけにしか映っていないだろう。人の行動の真意など誰にもわからないものなのである。

しかし、まだ終わりではなかった。

必ず送り届けてみせる

もしも虫がはさまっていることが店員やほかの客にバレたら「お客様!失礼いたしました、すぐ交換します」などと言われるだろう、彼らにとってそれは悪意なき善意の行動であるが、今だけは違う。それだけは阻止せねばならない。必死で虫のことを隠しながらレジに並んだ。

最大の難関である。

レジ係の方にできるだけ気づかれないよう、虫がいる位置に気をつけてキャベツを置いた。ドキドキと胸の高鳴りを感じる。生きた心地がしなかった。

そうとうヒヤヒヤしたが、昼前という時間帯もあり多くの来客が並ぶレジでは、係の人もひとつひとつ丁寧に商品を見るどころではない様子で、何事もなく、無事にキャベツは向こう側からこちら側(自由)への橋を渡ったのであった。

(助かった…)
謎の安堵感につつまれる。

別れ

無事にレジを通過し店を出たわたしは、その足で店の近くの芝生へ向かった。車の影に隠れて、急いでキャベツのラッピングをとりはずした。

ポツンと虫が転げおちた。
虫は、一瞬なにが起こったのかわからない様子でじーっとしたあと、一気にそそくさと向こうへ歩いていった。

さようなら…
みんなによろしく…

そしてまんまるしたキャベツ一玉だけが、わたしの手元に残ったのである。

これが、今日のわたしのお昼の出来事。

彼(彼女)が、世界を救う存在なのか、はたまた「悪」の種なのか、それは誰にもわからない。しかし、一匹の息苦しかった虫が今、命の危機から解放され、もう一度生きていくチャンスを得たことだけは事実である。

この選択が良かったのか悪かったのか、それは誰にも分からない。

そして、あの虫がなんという虫だったのか、
それはもうほんとに誰にもわからない。

※昼ごはんはレトルトカレーを買いました。

            

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