夫との別れから自立まで

夫の突然死からシングルマザーとして自立するまで(2)

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夫の突然死からシングルマザーとして自立するまで

おはようございます。
朝から暗い記事ですが前回(突然の夫との別れ…(1))の続きを書こうとおもいます。当時のメモなどを頼りにまとめています。

11時間の手術の末、無事生還

急性大動脈解離で倒れ、11時間の大手術をなんとか乗り越えた夫。
けれど人工呼吸器をつけられ話すこともできず、意識はあるものの朦朧としていました。何も飲んではいけなかったようで、たまに脱脂綿に水を含ませて口のまわりに塗ってもらうことしかしてもらえず、喉がかなり乾いて苦しそうにしながら、首を左右にふることしかできない姿があまりにかわいそうでした。

「わかる?」と声をかけると、まぶたを閉じたりして頷いていました。とにかく「がんばらなあかんで」「みんな待ってるよ」とずっと声をかけつづけました。極度の渇きから苦しみ、手足をバタバタさせてしまうので、身体につなげているチューブ類が外れてしまうと大変。なので手足も拘束されてしまいました。首だけを必死に動かす夫。それを見ても何も為す術がなく、ただ側にいて声をかけることしかできない私がいました。

「まだ予断を許さない状況ではあるけれど、このまま順調に回復していけば大部屋に移動できますからね」と先生は言ってました。でも、私はそのときずっと思っていました。

「本当に、だいじょうぶなん? この状態…」

希望がなかったとかじゃありません。でもそれ以上に、眼の前で横たわる夫の姿を見ていると、わたしには先生の言葉がむなしく聞こえるだけなのでした。

しばしの休息

とりあえず、自分もフラフラでした。そのまま待合室で仮眠をとることに。眠ったか眠ってないかうつろな中、入院中に必要な歯ブラシやタオルなど看護師さんから言われたものを揃えたりして1日が過ぎました。夫はICUの中で、鎮静剤を投与されて静かに眠っていました。

11/28日の夕方に倒れ、この時点で11/30日になっていました。
(たぶん…)

ふたたび手術室へ…

記憶が定かではないのですが、11/30の夜、事態が急変し再度手術室へ行くことになったと思います。夫の心配とともに、もしもの最悪の事態になったときのことを考えていました。不謹慎だと思われるかもしれませんが、仕方ありません。この夏に、我が家はマイホームを購入したばかり、下の娘はまだ3歳、わたしはのんびりパート主婦。病気のために団体信用保険にも入っていませんでしたから、住宅ローンの支払いはまだまだこれからです。幼稚園のお月謝、ピアノ教室、ねこのお世話、ひとりになったらどうしよう…たくさんの不安で押しつぶされそうになっていました。ずっと病院につきっきりだったため、まともに睡眠をとれておらず、フラフラになっていたことは何となく覚えています。

真夜中になり、いよいよまずいかもしれない?という噂が夫の同僚を伝って拡散されたようで、夫の部下の方や家族がみんな病院に駆けつけてくださり、皆さんとともに手術が終わるのを待ちました。静まり返った夜の病院、人が出入りするたびに足音がコツコツと響きます。

誰かが来ては、誰かが帰る。

こんなにもたくさんの方が夫のことを見守ってくださっているんだな、わたしは自分の知らない夫の姿を見れたようで心配とともに少しうれしい気持ちにもなっていました。

やっぱり長くなるので続きは次回へ!(;^_^A
読んでいただきありがとうございます。

            

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