夫との別れから自立まで

夫の突然死からシングルマザーとして自立するまで(3)

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夫の突然死からシングルマザーとして自立するまで

こんばんは!
前回(突然の夫との別れ…(2))の続きを書こうとおもいます。
当時のメモなどを頼りにまとめています。

長い夜

2回目の手術が終わるのを待ちました。時間の感覚がなく、それくらい経ったのかフワフワし続けていました。ほんとうに長い夜でした。手術はなかなか終わりませんでした。たくさんの方が次々に噂をききつけ、来てくださいました。訪問者と話をしたり、少しずつ仮眠をとったりして過ごしました。ときには笑い合ったりして、しばし憑かれていることも忘れることができました、今思えば私にたくさん気遣ってくださってたんだろうと思います、感謝です。

病院は真夜中で静かでした。チン!とエレベーターの音が響くたびにみんながそちらを注視します。遅い時間にもかかわらず、1人、また1人と病院に人が集まってきてくれました。

手術が終わった

朝の4時だったか5時だったか(記憶おぼろげ…)。
シーンと静まった病棟に、遠くのほうからガシャンガシャンと音がきこえました。
ガシャンガシャンとストレッチャーの走る音が鳴り響きはじめ、だんだん大きくなっていきます。

どんどん大きくなる騒がしい音。
バタバタバタバタ、たくさんの人の急ぐ足音や話し声。
ピッピッピッピ、心電図の音、

緊迫した様子で、6〜8名の人に囲まれてたくさんの機械をおともに連れた物々しい機械のかたまりのようなストレッチャーが、焦るように運ばれてきました。そしてそのまま嵐のように、わたしたちの前を通り過ぎていきました。目の前を一瞬だけ通り過ぎたとき、そこに寝ていたのはまぎれもない夫でした。けれど、顔面は大きくむくんでしまっていて、一見すると誰だかわかりませんでした。そしてストレッチャーは、大勢の人や大きな音とともにICUの中に吸い込まれていき、ガッシャンと重たい扉が締まったのでした。まるで何もなかったように、さっきまでの静寂が再びわたしたちに戻ってきました。一瞬の出来事に、長時間待っていた誰もがポカーンとしていたように記憶しています。

やっと手術が終わったのです、6〜7時間ほど経っていたでしょうか。
(記憶がほんとに曖昧です( ̄_ ̄ i)

手術後のよ容態について

この短い期間中に長時間の手術を二回も受けた夫の身体が問題ないとは思えませんでした。麻酔と鎮静剤で意識があるかないかの数日を過ごしています。

たしか、そのあとお医者さんから術後の説明があり、なんとか持ちこたえたという報告を受けたと思います。ほとんどの方はホッと胸をなでおろして、それぞれ仕事などのため帰宅していかれました。11/28日の夕方に夫が倒れてから2日が過ぎて、カレンダーは2014年の12月に突入していました。

2回目の手術が終わった夫は、さらにたくさんのチューブを体からぶらさげていて、麻酔からまだ完全に目覚めていないようでした。顔も足もパンパンにむくんでまんまる、目もむくんでおもいきり殴られたあとみたいでした。人工呼吸器をつけられて、話すどころか意識もありません。まるで知らない人みたいでした。その姿を見れば、この二日間に2回の大きな手術をしたことが、彼の体にどれほどの負担になっているのか容易に想像することができました。

見ているのが辛くなるほどの姿。
それでも耳元でずっと話しかけていました。
「よくがんばったね〜」
「みんな待ってるで、もうちょっとがんばろな」
「ここにおるよ、◎◎さんも◎◎くんもきてくれてるよ」

私のいない間にICUに御見舞に来てくださった方みなさんが、そうして声をかけてくれていたみたいです。彼の意識にも少なからず届いていたのではないでしょうか。

日常という非日常の中で

とりあえず、わたしはこの3日間家に帰れていませんでした。病院のある兵庫県神戸市と自宅は、電車で往復2時間はかかります。お風呂にも入らないまんまだったので、夜が明けたら始発でいったん家に帰ることにしました。家においてきた猫達の世話は、実家にいる娘がごはんをあげたりしてくれていました。けれど、家のなか、きっと散らかっていてるだろう…掃除もしなきゃ…洗濯もたまってるなあ…

ぼーっと景色を眺めながら電車に揺られ、この先どうなるんだろう…漠然と未来に思考を馳せていました。脳に影響が出ていれば、障害が残るかもしれないと言われました。これまでのように仕事ができない可能性も高く、仕事どころか日常生活さえままならないかもしれない、そう言われました。

今後の生活を考える。

「介護か〜。バリアフリーじゃないけどどうしよう?車椅子?寝たきり?ヘルパーさんの派遣とか調べなきゃなぁ。まあそれはそれで何とかなるやろうけど、家のローンとかどうしよ〜」とか、今のパートではやっていけないから仕事変えなきゃな〜とか、そんなことを考えていました。

でも、とりあえず!
お風呂はいってさっぱりしたい…頭がクサイ…o(TωT )

自分たちがどんな状況であっても、太陽は昇り、電車は時刻表どおりに動き、世間はいつもと同じように動いている。いつもはなんてことない日常の風景が、そのときの私にとっては何だかホッとするような気がしたのを覚えています。

不謹慎だったのかもしれませんが、あの術後の姿を見ているとわたしには、彼がまた数日前のようにふつうの姿で生活ができるような想像がどうしてもできませんでした。げんに先生は、わたしに対して「心配ないですよ」とか「もう大丈夫」なんて一言も言いませんでした。

容態の急変

そんな感じでぼーっとしていると、携帯に着信が。
病院からでした。

ご主人の容態が急変し、さきほど心肺停止になった。
蘇生処置をしている、すぐ戻ってきて下さい。

電話の声を聞きながら涙で目の前が見えなくなっていました。
続きはまた次回へ(長くなってすいません…)

            

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