夫との別れから自立まで

夫の突然死からシングルマザーとして自立するまで(5)

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夫の突然死からシングルマザーとして自立するまで

こんばんは!
前回(夫の突然死からシングルマザーとして自立するまで(4))の続きを書こうとおもいます。当時のメモがあったので、まんま掲載します。

夫、死亡後の備忘録

年末、夫が緊急で運ばれて三日後に亡くなった。
病院に付き添い、そのままお通夜と告別式までの怒涛の一週間、そしてその後も大黒柱の死去により、配偶者である私には多くの手続きが残っていた。
その備忘録を、さっと記す。

入院手続きと入院準備

まだ夫がICUにいるとき、運び込まれたと聞き駆けつけた病院では、空いた時間に入院手続きを行った。
保険証は夫のカバンに入っていたので、それを提出。
(追記:生前から体の弱かった夫は、自分に何かあればここに保険証や飲んでる薬のリストが入ってるから、と準備して教えてくれていました。)

その後、入院に必要なタオル、歯ブラシ等のかかれた用紙を渡されすぐに準備するも、残念ながらそれらを使うまでもなく夫は亡くなってしまった。
死亡が確認されると、身体中にくっついていたたくさんの管を外し、体をある程度きれいにしてもらっている間に、病理解剖の同意書にサインをした。
(追記:最終的な死亡のきっかけとなった肺出血の原因がよくわからなかったそうです。)

悲しむ間もなくお通夜と葬儀の準備へ

遺体はいったん病院の地下にある安置所に送られた。その間にわたしは夫の同僚の方に車で自宅に送ってもらい、礼服やお通夜の準備を早速はじめなければならなかった。葬儀場は夫の母が懇意にしている場所で行うことになり、準備はスムーズだった。

とりあえず自宅に戻った私は3日ぶりのシャワーを浴びて、礼服を用意し、家の猫たちにたっぷりの食事をいれて、PCを起動させた。写真ソフトを立ち上げるのは夫の遺影を探すためである。悲しみに暮れる間もなく目の前についこの間の主人の姿が映し出される。さっきまで顔がパンパンに浮腫んで赤くなり動かなくなった人とは全然違う、わたしの知ってる人の顔だった。

こんなにたいへんな時にこの人は一体どこに行っちゃったの!?車で動いてもらったり、あちこち連絡をいれてもらったりしなければならないのにどこ行っちゃったんだろう!…ああ、そうか、死んだのはこの人だった。
そんなことを考えながら写真を探した。

私の大好きだったスーツ姿のいい写真がなかった。その代わり一緒にテーマパークに行ったときのはにかんだ笑顔の写真を選んだ。遺影のデータをUSBに放り込んで、自分の礼服と夫のスーツ・ネクタイ・ワイシャツを詰め込む。最期に着せる衣装はきっとスーツがいい。スーツにはこだわりのある人だったから。

私がそうしてる間に、夫は病理解剖を経て義母とともに葬儀場へ向かっているとのことだった。私もそのまま葬儀場へ向かう。
亡くなったのが朝だったために、お通夜は翌日に持ち越された。おかげさまでか、一晩ゆっくり過ごすことができた。安置所の横の小さな部屋ではあるが、暖かくてすぐ隣に夫の亡骸があった。

東京からかけつけてくれた妹がずっと付いてくれて、その晩はすっかり冷たくなった夫を囲んでゆっくり。。。というわけにも残念ながらいかない現実。

悲しみよさようなら、現実よこんにちは

明日のお通夜、告別式をどうするかという打ち合わせにはいる。
どのような規模で行うか?予算は?
献花はどうするか?
どこまでの人を呼ぶのか?各連絡は誰がするのか?
棺桶は?遺影の額縁は?
衣装はどうするか、遺影の背景画像はどれにするか?
来てくれた人へのお返し(粗供養という)はどうする?
3000円以下はこれ、5000円の人には、3万以下はこれ、10万以上はこれ。それぞれ頂いたお香典の3割〜5割程度のものをご用意するのが習わしらしい。

いろいろなことを葬儀屋さんや、自分の母や義母からアドバイスをもらいながら決めていく。そして出された見積もりに驚く!
た、高い!!(´゚д゚`)
悲しみなんてどこ吹く風、である。
一気に現実に引き戻されるのだ。なんせわたしたちはこれからも生きて行くのである。
家のローンは?光熱費は?

(追記:実は我が家はマイホームを建てたばかりであったが夫が病気のため団体信用生命保険(いわゆる団信)に入っていなかった。通常はマイホームでローンを組む場合は団信に入るので、ご主人が亡くなった場合は保険でローンも残債がなくなる場合がほとんどです。)

わたしの今の仕事じゃやっていけない!(当時は保護猫カフェのパート店員でした。)
仕事どうしよう??子供達の習い事はやめさせなきゃいけないかな、でも続けさせてあげたいなあ。猫のごはんのグレードを落とさなきゃなあ。頭のなかはぐるぐるぐるぐる。

わたしたちは生きていくので

ふと横を見れば、穏やかな顔で永遠の眠りについた夫がいる。死斑が浮いてきたこともあって化粧をしてもらい心なしか血色もよく見えた。触るとペタペタ弾力がなくて氷のように冷たい。小学生の頃に亡くなった祖母も、長女が生まれてしばらくして亡くなった祖父も、子供のころに飼っていたハムスターも、みんな同じように冷たかった。そこに魂はなくて、ただの抜け殻のような身体はそれでも家族にとっては家族なのだ。
明後日には燃やされてなくなってしまうこの手も腕も、かつては私を温めてくれたし子供達を抱っこしていたし、唇も鼻もとんがった耳も彼のことを形成していた全ての素材や要素が明後日には燃えてなくなってしまうことが嘘みたいだった。この時点では、まだそこに彼がいるような気でいたのかもしれない。

けれど、もう仕事をすることも私と笑い合うこともできない。
カラオケで歌うことも夢を見ることもなにもできない。
死んだら終わり、ソレまでヨ。

何を思おうが金があろうがなかろうが、憎まれようが愛されようが死んだらはい、それまでよ。終了ー!

完!

おつかれさまでした…

そして、残ったものはただただ生きて行く。

まとめ

とにかく当時はお通夜と葬儀をやりきることで頭がいっぱいでした。夫は管理職でそこそこ社内では責任ある立場だったので、会社の社長さんやグループ会社の代表の方々、関西圏の支店の店長さん、多くの弔問が予想されました。恥をかかせないようにしっかり喪主を務めなければ、とその思いだけでした。

やはり、当時一番驚いたのは葬儀代でした。すごく高い…。最近はお香典を辞退することも増えているそうですがそこは甘んじて頂きました。多くの方がご参列くださりお香典も頂いたのですが、それでも実は足りなくて50万円くらいマイナスでした(´;ω;`)

次回は葬儀のことについてもうちょっと書きたいと思います。

            

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